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・津なぎさまち
中部国際航空から水上ルート40分で結ぶ津エアポーライン! |
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・御殿場海水浴場
遠浅の海岸で、ファミリー・カップル客も多数訪れます。沖ではウィンドーサーフィンやジェットスキーを楽しむ風景も。 |
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・唐人さんの家
朝鮮通信使ゆかりの伝統芸能「唐人踊り」の資料館。津祭りの出し物として分部町に360余年続く。 |
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・津観音
津藩主籐堂高虎や徳川家康の側室 清雲院お夏の方は、特に津観音に縁のある人達です。 江戸時代は、二代将軍徳川秀忠より幕末に至るまでの歴代将軍家、津藩主藤堂家の祈願所として特別の加護を受けました。城下町津の「守り仏」として、大門町という寺内町を形成し、「伊勢は津でもつ。津は伊勢でもつ。」と唄われたとおり、津の中心として、全国にも名を知られました。 |
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・津城
津城は、 織田信長 の弟信包 のぶかね によって築城された。 信包は信長が伊勢へ勢力を伸ばしてきたとき、長野氏の養子に入ったものである。
天正8年(1580)には五層の天守閣が完成し、当時柳山付近が中心であった津の町から町屋や寺院が移され城下町が作られた。 その後、富田氏が城主になり、慶長5年(1600)関ヶ原の戦いのとき西軍の攻撃を受け、城・城下町とも戦火を受けた。
慶長13年(1608)、藤堂高虎 とうどう・たかとら が伊予今治 いよいまばり から移ってくると、城に大改修を加え城下町を整備した。 |
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・高田本山専修寺
専修寺(高田本寺)は、元来、親鸞聖人により、1226年頃に下野国高田(栃木県芳賀郡二宮町大字高田)に建立された。そしてそこを中心に発展した高田教団により、現在は本寺と呼ばれいる。一方、高田山専修寺(高田本山)は、1465年頃高田教団の伊勢国の中心寺院として、真慧上人により建立された。本寺が、戦国時代に兵火によって焼失され、歴代住持が高田山専修寺に居住されるようになり、高田山専修寺が、真宗高田派の本山としての機能を果たすようになった。 |
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・結城神社
結城神社は後醍醐天皇を奉じて「建武新政」の樹立に貢献した結城宗広公を祀ってあります。ここは古くから結城の森と伝えられ、結城塚とか結城明神とよばれてあがめられています。
結城宗広公の立派な墓碑があり、華麗なしだれ梅でも有名です。
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| 写真提供/涼風荘 |